富士健康クラブ

[大宇宙のしくみが解かってきた!「応用編」]  第40号

[大宇宙のしくみが解かってきた!「応用編」]  第40号

第6章 宇宙のしくみを活かす生き方

6-3.大宇宙のしくみと生命 

人が死んだ後、全てが「無」になるのか、あるいは何かが残って存続を続けるのか、様々な考えがあり人類最大の謎とも言われています。

「いのち」、「生命」、「死」などに関しては、[第2章 大宇宙のしくみ(概説)] の [仮説C] などを中心にして既にご説明しています。しかし、宇宙の本質的な部分であり抽象的で解かり難い部分でもありますので、もう少し嚙み砕いて、批判を恐れずに比喩、推察も交えて解かり易い説明を試みようと思います。

1.基本的なしくみ

繰り返しの説明で恐縮ですが、大宇宙のしくみの要点を簡単にまとめます。

(1) 大宇宙は「根源のエネルギー」で満たされており、それを「気の海」と呼んでいます。「気の海」の中には無数の様々な振動、流れ、動きがあります。振動は、その振動形態によって様々な意味(情報)を持つので、それを「心」や「意識」と呼んでいます。人間や生物が生きている間に抱く現在進行形の「意識」も当然含まれますが、既に亡くなった人間や生物の過去の膨大な「意識」も含まれます。何故なら、「気の海」は高次元空間に属しているので、その振動は消えずに残るからです。

(2) 一方、大宇宙の中には多くの「サブ宇宙」が浮かんでいます。138億年前に誕生した私たちの宇宙もその一つであり、姿・形を持つ無数の物質を包含しています。すなわち物質宇宙です。物質は、姿・形を持つため3次元空間と時間の制約を受けます。

(3) 人間は肉体を持つため、3次元空間と時間の制約を受けます。しかし「意識」は物質ではなく振動ですから、高次元空間の中に拡がり、物質としての制約を受けません。すなわち、人間の「意識」は高次元空間に所属し、肉体は3次元空間に所属する高度複合体です。生命に関する不思議の根源はこの複雑さにあるのです。

(4)「意識」には、感覚、感情、想い、思考など様々なものが含まれ、これらは生命の特徴でもあります。「気の海」にはそれらが無数に振動しているのですから、「気の海」は正に生命で満ち溢れているということになります。ただし、肉体を持つ生物だけでなく、肉体を持たない「意識体」(既に亡くなった人間や生物の「意識」など)が「気の海」の中で多く活動していると考えられます。

2.生と死

人間や生物は肉体を持つため物質宇宙に生まれることになります。その時「気の海」の中の、ある一つの「意識」(の核)が肉体(受精卵など)と結び付けられます。その際同時に、種固有の「生命エネルギー」が肉体と意識を融合して「生」を生じさせ、新たな「意識」を生じさせます。

肉体は物質界の親から生まれますが、「意識」は親の意識とは別の「意識」(の核)が結びつきます。したがって、両親の意識と子の意識は基本的には別であり、別人格になると考えられます。生きている間「意識」は物質界において成長を続けます。そして一生を終えると、肉体は崩壊しますが「意識」は「気の海」に残存し続けます。

すなわち、「死」は単に肉体との別れに過ぎず、「意識」は死後も「意識体」として残存し続けます。そして次の機会に別の肉体と結び付いて別の一生を過ごし、さらに成長する可能性があります。

「意識」は消えないのです。何故消えないのか? それは「気の海」が高次元空間に拡がっているので、高次元の性質によって消えないのです。

インターネットに情報を載せると、完全に削除しない限りその情報は残り続けますね。インターネット空間には新旧織り交ぜて膨大な情報がひしめいています。「気の海」とインターネット空間はその性質がよく似ています。「気の海」に生じた「意識」は消えないのです。

<補足> 2種類の生命体

生命体には2種類あります。肉体を持つ「生物」と、肉体を持たない「意識体」です。生物の活動舞台は物質界であり、意識体の活動舞台は「気の海」です。数量的には、肉体を持たない「意識体」が圧倒的に多数です。「霊」や「神」と呼ばれる「意識」もその仲間です。

それでは何故2つの活動舞台があるのでしょうか? 

物質界には時間があるため、原因と結果が時間でつながり、因果関係が明確化されます。したがって様々な活動結果が明らかになり、成長過程も一目瞭然になります。

一方、「気の海」は意識・情報だけの世界であり、明確な姿・形・変化がありません。高次元のため、時間や空間の概念が無く、あるいは変質しているため、成長過程や結果が明確になり難いからではないかと考えられます。

成長・発展を明らかにするためには、それが明確化できる物質界が便利なようです。

3.晴れ舞台、特設ステージ

「気の海」は無数の意識体で満ち満ちています。一方、人間や生物が住める物質界は、地球など極めて限定されています。広大な宇宙には、他にも生物の住める惑星、衛星などが存在する筈ですが、それでも極めて限られています。地球など物質界は、生命体にとって言わば「晴れ舞台」あるいはスポットライトが当たった「特設ステージ」であると考えることができます。

私たちは、この地球上で「生」を受け一生を過ごします。私たちは、煌々とスポットライトが当たった「特設ステージ」の上で生まれ、活動し、一生を終えて舞台を降り、再び見えない「意識体」の世界に戻っていくと考えることができます。そして絶えず新しい登場人物が「特設ステージ」に現れては消えていきます。

「特設ステージ」すなわち物質界は、生命体が目に見える活動を行うための「晴れ舞台」であり、貴重な「生」の証しの「場」と考えることができます。

4.観客

それでは「特設ステージ」を見守る「観客」は誰でしょうか? それは「気の海」の無数の「意識体」です。

私たちは、物質界で生きている間、ずーっとこれら膨大な数の「意識体」に見守られていると考えられます。見えない「意識体」たちが皆、「特設ステージ」上の私たちの一挙手一投足を見つめて鑑賞、評価、研究しているのかも知れません。

そして一生を終えて舞台を降りたとき、私たちは再び見えない「意識体」となって、今度は見守る立場に変わります。見守る立場になった時、「意識体」は何に関心を持つでしょうか? 多くの場合、生きていた時の自分の子供や孫や家族・友人たちのその後ではないでしょうか? 

晴れ舞台と観客の間では、共鳴・共感によって想いがつながり易いと考えられます。すなわち想いが実現したり、祈りが叶うことに、共鳴・共感が大きく関わると考えられます。

5.大宇宙のしくみから解かること

もし、以上の大宇宙のしくみを肯定することができれば、生き方が変わってきますね。そして何となく以下が理解できてくるのではないでしょうか。

(1)死を恐れる必要はない。

死によって、生命体は「見えるからだ」を切り離し、以後は「見えない意識体」として生き続けます。したがって死を恐れる必要はないのです。むしろ取り扱い厄介な肉体が無くなって自由気ままな意識生活が続くことになりそうです。肉体を維持するために食物を探し、そのために競争し、辛い労働をする必要もありません。その意味では「天国」と言えるかも知れません。

人間は肉体だけの存在と考えてしまうと「死への恐怖」が生じ、人生観も狭くなりがちになり、発展性、成長性が損なわれ易いと思われます。

(2)見守られている

この地球上で「生」を受け一生を過ごしている間、私たちは無数の意識体から見守られています。見つからなければ何をやっても良いという考えは狭量でとても恥ずかしい考えであることになります。「特設ステージ」を降りて見守る立場に変わったときに、我が身を振り返って「冷や汗」がでないようにしたいものです。

(3)試そう、成長しようとする

親から新たな肉体が誕生するとき、それを見守っていた一つの「意識」(の核)がその肉体と結び付きます。観客席の「意識」は常々、自分に足らないものを探し、何がしかを試そう、成長しようとして、それに相応しい機会、環境を探しているようです。

「晴れ舞台」に立つ「意識」は自ら成長しようとして、自発的に地球上の肉体を選んで「生」を得ようとするのかも知れません。

(4)この世とあの世

物質界の「特設ステージ」がいわゆる「この世」であり、「気の海」が「あの世」に相当します。「この世」と「あの世」は別々にあるのではなく同時に存在します。このことは、日本人の死生観と似ていると思われませんでしょうか? 

「この世」は3次元空間であり、「あの世」は高次元空間で次元が異なりますが、相互に影響しあいます。3次元空間は高次元空間に包まれているからです。

太陽が輝いている昼間は、満天の星空を見ることができません。「特設ステージ」は煌々とライトアップされているので、美しい星空、すなわち「気の海」の意識たちを見ることができないと考えると解かり易いかも知れませんね。見えないけれども美しい星空、「気の海」すなわち「あの世」は存在するのです。

(5)「気の海」と「晴れ舞台」の循環

意識体は「気の海」と「晴れ舞台」の間を循環する性質を持つようです。1回あることは複数回あり得ます。すなわち、いわゆる「輪廻転生」があり得ることになります。

「気の海」には無数の「意識体」が存在しており、その一つが新たな肉体と結び付いて「特設ステージ」に降り立つと、新たな生命体が生まれることになります。それが繰り返されることを「輪廻転生」と呼んでいます。

6.生と死に関する様々な考え

人間や生物の生死に関しては、古来より様々な考えがあります。その中のごく一部を簡単にご紹介します。

(1)輪廻転生

「輪廻」は車輪がぐるぐると回転し続けるように、人が何度も生死を繰り返すこと。「転生」は生まれ変わることを意味します。古今東西を問わず、そのように考える方々が多くいます。一方否定する方々も多くいます。ヒンドゥー教や仏教などインド哲学・東洋思想において顕著ですが、古代のエジプトやギリシャ(ピタゴラス、プラトン)など世界の各地で信じられてきました。近代以降も輪廻転生を調査、研究した実例や報告書が多数あり、それらを全て迷信と片付けて否定することは難しそうです。

(2)四有(しう)

四有は輪廻転生の1サイクルを四つに分ける仏教思想です。

心の働きや感情を持つものを有情(うじょう)といいます。生きているものの総称として使われています。この有情が輪廻転生するとき、その1サイクルのなかでの存在状態を四つに分けたものが四有です。なお、有(う)とは生存のこと、ものが存在する状態です。

生有(しょうう)・・・生を受けた瞬間。生まれる一刹那。

本有(ほんぬ) ・・・生有から死ぬまで=現在の生存。

死有(しう) ・・・・死の瞬間=臨終。死ぬときの一刹那。

中有(ちゅうう)・・・死んでから次の生を受けるまで=死有と生有の中間。

(3)チベット死者の書

いわゆるチベット死者の書は、チベット仏教ニンマ派の経典であり、この書をはじめて西洋世界に紹介した人類学者W.Y.エヴァンス・ヴェンツが「チベットの死者の書」と呼びました。深層心理学者カール・ユングがこれを絶賛して以来、欧米にも広く知られるようになりました。また近年では欧米の臨死体験研究者から、その体験談との一致が指摘され、改めて注目されています。

チベットでは臨終を向かえた人の枕元でラマ僧がこの教典を読み聞かせる習慣があります。チベット死者の書では死後49日間バルドゥと呼ばれる生と死の中間的世界(中有)にとどまるとされています。このバルドゥには3段階あり、次の生への転生方法や、輪廻転生から解脱するにはどうしたら良いかなどが説かれています。

(4)スピリチュアリズム

皆さん、スピリチュアル、スピリチュアリスト、スピリチュアリズム、などの言葉に接したことがあるかと思います。スピリチュアルとは、英語の「精神的な」、「霊的な」という意味の形容詞です。

スピリチュアリストとは、「精神的な」、「霊的な」ものを感じ易く、また理解できる人であり、特定の「意識」とつながり情報交換を行うことができる能力を持った方です。日本にも多数の著書を発行しているスピリチュアリストや、TV番組に出演している方々が多くおられます。

なお、スピリチュアリストの能力は人によって大分異なります。自らの「意識」を通して対象の「意識」と共感するので、人によって共感内容の相違や得手不得手が発生するのはやむを得ない面があります。私も何人かのスピリチュアリストと対面したことがありますが、その様子の一部を「ガンにならない歩き方」の中で紹介しています。

スピリチュアリズムとは、「精神的な」、「霊的な」ものを研究、理解し、それを人生に生かそうとする考え方であり古代から種々あります。近代スピリチュアリズムは19世紀中ころから米欧で調査・研究が進められてきており、一言で言えば、死後の世界を肯定し、人は霊的成長(魂の成長)を目指すべきという一種の思想・哲学と言って良いかも知れません。

富士健康クラブ 

   関口 素男

    sekiguchi.m@ozzio.jp









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by jiriki-tachikawa | 2018-06-19 00:38 | 応用編メールマガジン

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