富士健康クラブ

[大宇宙のしくみが解かってきた!「応用編」]  第39号

[大宇宙のしくみが解かってきた!「応用編」]  第39号

第6章 宇宙のしくみを活かす生き方

6-2.日本人の心の特徴

1.日本人が大事にする心 
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(1)もののあわれ

第5章で述べた通り明治初期までの日本人は総じて、純朴、謙虚、律儀、質素、おおらか、穏やか、開けっぴろげ、勤勉などの気質を持っていました。一方、内面的には、大自然の移ろいに対する情緒的な感情を大事にしてきました。平安時代の「もののあわれ」という感性はその代表かも知れません。

「もののあわれ」とは、しみじみとした情趣や、無常観的な哀愁であり、日本文化の美意識の一つの柱になっています。平安末から鎌倉初期の歌人で、自然を愛し諸国を放浪した「西行」は、「もののあわれ」の感動から幽玄の境地を拓き、東洋的な「虚空」、「無」の世界へと結び付けています。

また江戸時代後期の国学者「本居宣長」は、「源氏物語」に流れる心的共通要素を「もののあはれをしる」という一語に集約、凝縮させました。そして「もののあはれをしる」ことは同時に人の心を知ることであると説き、人間の心に対しての深い洞察力を重視しました。

日本の伝統文化は“感性と情緒”を基にして築かれています。

(2)、わび、さび、

私も会社時代に数年間ほど茶道を習ったことがありますが、「わび・さび」について自信をもって説明することはできません。そこで茶人:木村宗慎さんが述べている説明を拝借して、以下に簡単に記してみます。

<わび・さびは、「侘しさ」と「寂しさ」を表す日本語に、より観念的で美的な意味合いを加えた概念です。わびとさびはよく混同されますが、両者の意味は異なります。「さび」は、見た目の美しさについての言葉です。この世のものは、経年変化によって、さびれたり、汚れたり、欠けたりします。

一般的には劣化とみなされますが、逆に、その変化が織りなす、多様で独特な美しさをさびといいます。一方、わびは、さびれや汚れを受け入れ、楽しもうとするポジティブな心についての言葉です。つまり、さびの美しさを見出す心がわびです。>

様々なものが自然に朽ち果てていく様子にまで日本人は「美」を発見してきました。さびが表面的な美しさだとすれば、わびは内面的な豊かさ。両者は表裏一体の価値観だからこそ、わび・さびと、よくセットで語られるようです。欧米の美意識とは大分異なりますね。日本人が世界でますます活躍するためには、こうした日本特有の美意識についての知識が重要になりそうです。

(3)武士道精神

5000円札に肖像が印刷された新渡戸稲造は、武士道を一言で言うと「武士の掟」すなわち「高き身分の者に伴う義務(ノーブレス・オブリージュ)」であると述べています。その中核は「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」の7つの精神からなる道徳です。

武士は、美しく死ぬために、生きました。武士にとって、生き甲斐と死に甲斐は表裏一体でした。未練を断ち切って思い切る、決断をする、それが「いさぎよさ」となり、武士以外の一般人にも共感されました。何がそのように行動させるのか、志なのか、義なのか、愛なのか、理想のためなのか、それが大事にされました。

結果ではなく「心の有り様」が大事であり、「何が美しいか」が重視されました。武士道精神、いさぎよさは、一般の日本人の心底にも流れ、重要な美意識の一つになってきました。

(4)恥ずかしくない生き方

上記は貴族や文化人や武士などの美意識と言えますが、一般人はどのような「心」を大事にしていたのでしょうか。

武士以外の一般人であっても、できれば「美しく生きたい」、少なくても「恥ずかしくない生き方をしたい」と考える人が多かったと思われます。

日本には「世間様」(せけんさま)という言葉がありました。そんな事をしたら「世間様」に笑われるとよく言われました。「世間様」から後ろ指を指されたくないとも言いました。「世間様」とは、自分の周囲の不特定多数の人々を総称しています。

また「お天道様」(おてんとうさま)という言葉がありました。「お天道様が見てるよ」、「お天道様に恥ずかしくないように」とよく言われました。「お天道様」の第一義は太陽そのものですが、天空から余すことなく見下ろしている存在、すなわち神を表わしていると思われます。

誰に見られても恥ずかしくない生き方を日本人は目指していました。見つからなければ良い、捕まらなければ何をしても良いと考える国とは大違いですね。日本人は凄いですね!

2.日本人の死生観  

 古代から日本人は死後の世界を考えていたようです。「あの世」という言葉がそれです。

もちろん人によって、「そんなものはない。死んだらそれまで。」と考える人もおられたと思います。しかし多くの人々は、「この世」の外側に「あの世」があり、自分の死後は「あの世」で先祖の霊と一緒に暮らすことになると考えました。

日本人は「間もなくお迎えが来る」、「まだお迎えが来ない」などと言います。「あの世」は怖いところではなく、むしろ幸せを感じられる安寧な天国であり、神の仲間になると考えたようです。

しかも「この世」と「あの世」は交流可能であり、とても近い関係にあると考えました。今でも日本各地で行われている迎え盆、送り盆や様々な祭礼はもちろんですが、日常において仏壇や神棚に拝礼する行為は、「この世」の人間と「あの世」の霊や神とが交流を行なっていることになります。

また人間だけでなく全ての生物も、死後は「あの世」で暮らすことになり、「八百万の神」という概念に発展していきます。「あの世」は、私の仮説の「気の海」とほとんど同じですね! 古代日本人の直観力、洞察力は凄いと思います。

富士健康クラブ 

   関口 素男

    sekiguchi.m@ozzio.jp




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by jiriki-tachikawa | 2018-06-04 11:30 | 応用編メールマガジン

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