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[宇宙の不思議・いのちの不思議] 第35号






[宇宙の不思議・いのちの不思議] 第35号

第4章 いのちの不思議

[4-6] 「気」の働き

人間は肉体だけでなく、「意識や心やいのち」を持っています。このことは誰でも自覚できます。私はさらに「気」の働きが人間にとって不可欠であると考えています。いやむしろ、「気」があるからこそ生命体が存在できると考えています。
「気」は前述の「生命エネルギー」、「生命情報」と密接に関わります。それだけでなく、「気」は宇宙のしくみに深く関わっていると私は考えています。

「気」に関しては理解できる方と、そうでない方と2分されると思います。「気」は見えませんからやむを得ない面があります。しかし誰でも「気」の働きを体感することができます。


1.実際にやってみて判ること

皆さんは、「気功、合気道、ヨガ、指圧」などのトレーニングを経験したことがありますでしょうか?
これらは「気」の働きを活用する習練法です。これらを継続している方々は「気」の働きを体感・実感することができます。

少し練習すれば誰でも「自転車」に乗ることができるのと同様です。仮に自転車を見たことも聞いたこともない人が、もし頭だけで考えると、安定な3輪車ならともかく、不安定な2輪車を自在に乗り回せるとは思えないでしょう。でも実際に練習すれば直ぐに自転車に乗れるようになります。そして歩く場合の数倍の速度で、しかも疲労も少なく自在に乗り回すことができます。習熟すればヒョイと前輪を持上げて後輪1輪だけでも走行できるようになります。
実際にやってみると想像以上に便利で役立つし、何よりも爽快で楽しいことに気付きます。世界が拡がって感じられます。
気のトレーニングも同様です。実際に継続してみると想像以上に気の働きが深く広いことに感動します。


2.気功

「気」とか「気功」というと、「何と非科学的な!」と眉をしかめる方々が多くおられます。様々な要因によって「気」や「気功」に対して誤解されている方々が多くおられます。視聴率重視のテレビ番組が誤解を助長している傾向もあります。
そもそも「気とは何か?」を論ずるのが順序ですが、第5章に廻します。何故なら「気」は、大宇宙の根源に深く関わっており、簡単にご説明できる代物ではないからです。
気は見えないし観測できないので、科学的には究明できていません。しかも、頭脳で「考える」だけでは「気」を理解することは難しいと思います。「からだ」全体で感じることが早道です。理屈ではなく体感が重要なのです。自転車に実際に「乗る」のと同じことです。

「気功」の「功」は練習を積み重ねるという意味合いです。したがって「気功」は、「気の習練」であり、気を扱うトレーニングを「総称」しています。呼吸法、イメージトレーニング、太極拳なども気を扱うトレーニングですから「気功」に包含されます。
前述の合気道、ヨガ、指圧なども広義の気功に含まれます。

「気」の働きを体感できるようになると、世界が大きく拡がって感じられてきます。例えば、生まれつき耳の不自由な方が、仮にもし耳が聞こえるようになれば、沈黙の世界から、音楽の素晴らしさや会話の楽しさを体感できるようになる感じです。あるいは、生まれつき目の色素細胞がなくモノクロ(白、灰、黒)の映像しか見れなかった方が、もし仮に色素細胞を得られれば、美しい色が見えるようになり、真っ赤な夕日や、青い海、虹色の美しさに感動できるようになる感じです。世界が大幅に拡がるのです。


3.気の働き

「気とは何か?」に代えて、先ず「気」によってどんなことが体験できるのか、どんな働きを感じることが出来るのかについて気功を中心にして述べていきます。

(1)「気感」

「気」は目には見えませんが、気功を続けていると、次第に「気」を感じられるようになってきます。「気感」といいます。
「気感」には個人差があり、比較的早めに感じる方もおられるし、なかなか感じにくい方もいらっしゃいます。気の感じ方も人によって様々です。
静電気のようなビリビリした感じの方が比較的多いと思いますが、磁場のように感じる方、圧力を感じる方、暖かく感じる方、ヒンヤリ感じる方、サラサラ感を感じる方など様々です。

気感が判るようになると、人体の体表の様々な場所から気が強く出ているのが判るようになります。
たとえば、頭頂(百会というツボ)、左右の眉毛の中間(印堂)、左右の乳首の中間(膻中:だんちゅう)、おへその少し下(丹田)などは代表的なツボです。これらのツボの付近で てのひらをゆっくり動かすと、気の強弱を感じることができます。てのひらは気を感じ易く、気のセンサーになります。てのひら(掌)の他に、指先、顔のホホなどでも気を感じます。

このことから人間は肉体とは別に「気のからだ」を持っていることを実感できるようになります。
普通は「気のからだ」は見えませんが、明確に実感することができ、日々の変化を感じ取ることができます。見えないけれどもその存在を確信することができます。
「気のからだ」は「エネルギー体」と呼ばれることもあります。

また、牡丹やバラの花に手をかざすと、花から出ている気を感じられます。咲いて開ききった花よりも、つぼみの状態、花が少し開き始めた頃の方が気を強く感じます。植物も気のからだを持っているのです。全ての生命体は気のからだを持っています。気を感じられるようになって初めて判ることですね。
なお、気のからだを見ることができる人もいます。私も一部分を見ることができます。

(2)病気予防

気功を続けていると「気のからだ」が次第に整ってきます。気のからだの歪みが少なくなり、整ってくると、肉体のからだも次第に整ってきます。肉体のからだの不調が消え元気になっていきます。気のからだは「エネルギー体」だからです。生命力があふれ、自然治癒力が増進し、免疫力が高まります。病気にかかり難くなります。気功は、病気予防効果、健康効果がとても大きいのです。

(3)老化抑制

気功によって老化を抑制することもできます。すなわち、年齢を重ねて身心が衰えてきても、気功は衰えた体力、生命力を補ってくれます。肉体のからだは、しなやかさを保ち、心も若返ります。そうです! 高齢になるほど気功の恩恵を享受できるようになります。
ちなみに私は70代ですが、体力年齢は50代、骨密度年齢は40代、血管年齢も40代です。気功のおかげと思っています。ただし、残念ながら頭部は90代です!!!

(4)治療

気功を続けていると「気のからだ」が次第に整い、簡単な病気なら治すことができます。そして自分自身の病気だけでなく、家族の簡単な病気を治せるようになってきます。てのひらをご家族にかざして暫く心を落ち着けていると、相手の気のからだが次第に整ってくるのです。
「手当て気功」と呼ばれることもあります。

(5)遠隔治療

上記の手当て気功は、数10cm程度の距離で手当てしますが、その距離をぐんと離すことができます。誰でもできるわけではありませんが、50km、500km離れた病気の人を治すことのできる人も多くいます。原理は全く同じです。相手の気のからだを、離れた場所から積極的に調整するのです。遠隔治療といいます。

(6)武術

気の働きを活用すると武術の威力が格段に向上します。
合気道や太極拳の一部や古武術の一部は気の働きを利用しています。
多くの武術は、力とスピードと技を重視します。気の武術は逆転の発想であり、徹底的に力を抜いて気の効果を引出します。説明は省略しますが、離れて立つ相手を気で飛ばすことが出来る人もいます。実際見て経験したことのない人には到底信じられないでしょう。「唯物主義」に立脚している現代科学の立場では、当然認めることはできないでしょう。
なお、武術の達人や剣聖の中には「無意識的」に気の働きを使っている人も多くいると思われます。

(7)更に!!!

気のトレーニングを続けていると上記のような健康・長寿・武術などだけでなく、様々な変化を体験することが多くなってきます。

◎心が穏やかに、そして前向き、積極的になってきます。
◎周囲との人間関係も次第に和やかになってきます。
◎しばしば「直感」が働くようになってきます。
◎そして「想い」が実現し易くなってきます。
◎潜在能力が開花する方々もおられます。


気の働きを細かく説明し始めるとそれだけで1冊の本になってしまいますのでこのくらいに留めます。


<補足> 気のからだの構造

気のからだは見えませんし、かたちもハッキリしません。
肉体のからだのように皮膚で囲まれた定型ではなく、体の外側まで拡がっています。しかも意識によって拡大したり縮小したりします。例えば、丹田を意識して、丹田の気を拡げようと思うと、実際にお腹の前方に丹田の気が拡がって大きくなるのを感じることができます。また眼力を鋭くして前方を凝視すると、視線に沿って眼から気が伸びていきます。武術ではとても重要です。

「気のからだ」は喩えて言えば、電波の雲のようなものと言って良いと思います。
生命体にはそれぞれ、エネルギーと情報を持った電波の雲が取り巻いているのです。それを「エネルギー体」と呼んだりもします。電波ですから境界がなく原理的には無限に拡がっています。だから遠く離れた他人の気のからだを調整することができるのです。
ただし、電波の正体は、「電子」の振動が周囲の空間に拡がった物質次元の電磁波ですが、「気」は高次元の存在です。次元が異なりますので、電波よりも遥かに精妙機微です。

気のからだは見えませんが、いくつかの構造を持っているようです。
「経絡」は気のからだの一つの構造と見ることができます。「経絡」は簡単に言えば「気の流れ道」です。様々な経絡がありますが、内臓に関する経絡だけでも12経絡あります。
肺経、大腸系、胃経、脾経、心経、小腸系、膀胱系、腎経、心包系、三焦経、胆経、肝経の12経絡です。
各経絡上にはそれぞれ複数のツボが点在します。
指圧や鍼灸など東洋医学では、これらのツボを利用して経絡を調整し、気のからだを整え、肉体のからだを整えていきます。



気功の具体的な方法や様々な気の働きに関しては、拙書「ガンにならない歩き方」(本・電子書籍)をご参照ください。
 
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by jiriki-tachikawa | 2015-04-23 00:00 | 不思議メールマガジン

[宇宙の不思議・いのちの不思議] 第34号


[宇宙の不思議・いのちの不思議] 第34号

第4章 いのちの不思議

[4-5] いのちとは何か?

1.いのちの説明

(1)「いのち」

「いのち」とは何でしょうか? 広辞苑で「いのち」を引いてみると、「生物の生きていく原動力、生命力。 寿命、一生、生涯。」と載っています。あまり具体的な説明にはなっていないですね。「いのち」がある間は生きている、死んだら「いのち」が無くなるという使われかたが一般的でしょうか。

(2)生命体と非生命体

そこで、先ず生命体(生物)と非生命体との基本的な相違を見てみます。
まず、非生命体は自ら動きませんし、基本的には成長もしません。そして熱力学の法則に則って徐々に崩壊していきます。
一方、生命体(生物)は速度こそ様々ですが自ら動いたり成長しますね。そして子孫を残し、最終的には死にます。生命体は死ぬと非生命体となり、朽ちて崩壊してゆきます。

しかし動かず成長もしなければ非生命体であるとは言い切れません。2000年以上の間、地中に埋もれていた古代ハスの種が、大賀博士によって見事に蘇がえって立派な花を咲かせたことがあります。第3章で述べた「クマムシ」は生存条件が満たされなくなると、自らひからびて全く動かなくなります。数十年でも耐え、水一滴垂らすと生き返って生命活動を再開します。
逆に水晶などある種の鉱物は、物理的条件が揃うと結晶が生じて徐々に成長します。しかし通常これらは生命体とは考えませんね。

生命体には「いのち」があり、非生命体には、「いのち」がないと考えるのが自然な使われ方でしょうか。

(3)生と死

生物が生きている状態と、死んだときでは何か相違があるのでしょうか? 死んで暫く時間が経過すると、からだが腐敗して分解、消滅していきますが、死んだ直後は大きな変化が見られない場合が多いですね。そもそも死とは何でしょうか? 「脳死が人の死である」という人為的で説得力のない定義もありますが。

生物の重さを精密測定して、生きている時と、死んだ直後の重量の変化を測定するという実験が何度か行われています。死ぬと軽くなったという報告と、全く変化しなかったという報告と両方あります。測定方法と測定範囲に相違があるようです。「いのち」に重さがあるのでしょうか?

(4)物質と生命体との大きなギャップ

科学は飛躍的に発達してきましたが生命体を一から創ることは全く不可能です。現在の科学では、細胞ひとつ、大腸菌ひとつ創ることは全くできません。ES細胞や
iPS細胞など生命工学の進歩が一見加速しているように感じられますが、実際は天然の細胞を土台にして、それらをいじり回しているに過ぎない段階です。生きた自然の細胞がなければ何もできないのが現実です。

将来、仮に科学がさらに飛躍的に進歩して、様々な原子を自由自在に組み合わせて、高分子のアミノ酸やタンパク質など、細胞の全ての構成要素を人工的に合成できるようになったとしても、それは単なる物質の集合に過ぎません。それが動きだし、栄養摂取、排泄、分裂、増殖することはありません。物質と生命体との間には、とんでもない巨大なギャップがあります。そのギャップの元は何でしょうか?
私はエネルギーと情報であると考えています。

(5)臨死体験

死にかけた人が奇跡的に息を吹き返して体験を語る実例が古今東西たくさんあります。いわゆる臨死体験です。その研究者も多くいます。一人の学者で1万人以上の実例を収集し分析した人もいます。またバリバリの現役の医学博士自身が臨死体験を経験した後、それまでの死後の世界はないとする考えを大きく転換した例も複数あります。

臨死体験にはしばしば共通のパターンがあるようです。
〇自分を取囲んでいる医師や周囲の人の話し声が聞こえる。
〇自分の肉体から抜け出して天井から自分の様子を眺める。(体外離脱)
〇長いトンネルを猛スピードで通り抜ける。
〇その先に美しい風景が拡がり、光の存在と遭遇する。
〇素晴らしい愛と幸福に満たされる。
〇ここに来るのはまだ早い、帰れと諭される。
〇気がついたら元の肉体に戻っていた。
などが多いようですが、体験者によって異なることもあります。

これらを神秘体験と呼ぶことがあります。
臨死体験に関しては、大きく2つの考え方に分かれます。

それは死後の世界があるとする立場と、そんなものはない、死んだら全て無になると考える立場に対応します。

前者の立場では、臨死体験は死後の世界の事前体験であると考えます。世界中の臨死体験者たちは非常に強い幸福感、至福間を体験し死を恐れなくなるようです。

後者では、臨死体験は物理的な脳内現象による幻覚に過ぎないと考えます。具体的には、臨死時の血流低下や酸素欠乏、二酸化炭素増加などによる幻覚や、セロトニンなどの神経伝達物質の作用による至福感であるとしています。多くの研究者によってそれらに関係する具体的な脳の部位も解かりつつありますが、何故体験者の多くが共通の神秘体験をするのかは説明できていません。

本当のところは死んでみないと解かりませんね。でも臨死体験の全ての事例を物理的、科学的知見のみで説明することは難しそうに思えます。


<蛇足> 創世神話

世界中の各地の神話では、しばしば神が世界や生き物を造ったとされています。世界が造られた様子を語る神話は創世神話と呼ばれています。
例えば、ユダヤ教の聖書の「創世記」では、神は天地創造3日目に植物を創り、5日目に魚と鳥を、6日目に獣と家畜、そして神に似せて「人」を造ったとされています。天地創造と「いのち」の創造は6日間で行われ、7日目に神が休息したとなっています。
ユダヤ教の聖書は、キリスト教において旧約聖書として引き継がれ、これらの生命観・世界観は広くキリスト教圏で信じられてきました。
生命は神による天地創造以来連綿と続いていると考える説は「生命永久説」とも言われます。
しかし、何でもできる「神様」を持ち出したら最後、その先に進めなくなってしまいますね。



(6)いのちのリレー

生物は必ず死にます。死んでもその子孫が生き続ければ、いのちが後代に受け継がれてその「種」は永続的に生き続けて繁栄します。長い時間で眺めて見ると、各個体のいのちだけでなく、「種」のいのちがあるようにも見えます。
いや、むしろ「種」のいのちが、その時々の各個体に委ねられて、いのちのリレーが行われていると考えた方が良いのかも知れません。

私は、いのちの実体・本質は、「生命エネルギー」と「生命情報」であると考えています。個体が発生する際に、両者が各個体に含まれて成長していくと考えています。
具体的には第5章で仮説として述べます。


[補足] 生命の起源は? 

生命は何処から来たのでしょうか? 
地球上のあらゆる生物に共通している主要な元素は、炭素、窒素、酸素、水素の4つです。しかし人間の血液1滴を精密分析すると、超微量な元素も含めると、実に78種類の元素が含まれていることが最近判っています。自然界に存在する元素は、一番軽い水素から、一番重いウランまで92種類しかありません。すなわち92種類の内、実に85%にあたる78種類の元素が血液1滴に含まれているのです。これは驚くべきことと思います。

これらの元素は、宇宙の始まり以来、星々の誕生と、成長、爆発による星の死という壮大なサイクルを繰り返すことによって宇宙全体に拡散されてきました。(第1章[1-4] 宇宙の姿 参照)
また最近の研究によって、宇宙空間には生命体に欠かせないアミノ酸などの有機分子も豊富に存在していることが判ってきています。そして太陽系や地球が形成された46億年前から数億年の間、これらの有機物を含んだ隕石、彗星などが地球上に降り注いでいました。これらが生命体の材料になり、地球における生命誕生のきっかけを作ったとの説が有力になってきているようです。

一方、分子生物学的に生物の系統樹をさかのぼっていくと、全ての生物の根元は「高度好熱菌」という高温環境下でしか生存できない生物に行きつくようです。
つまり地球上の生物は、地球形成初期の高温の海に発生した高度好熱菌から進化してきたと考えられ始めています。
実際、深海にある地球を覆うプレートの境界で「熱水噴出孔」が今でも多数発見されています。400℃前後の高温にも拘わらず、そこにはバクテリアや古細菌が大量に住み、それらをエサにする様々な生物が群がっており生物コロニーを形成していることが判ってきています。


<トピックス> 

1.隕石中にDNA発見
 

最近、米航空宇宙局(NASA)などの研究チームが、南極で採取した隕石の中から、DNA(デオキシリボ核酸)を構成する高分子を発見したと発表しています。
このことは約46億年前の太陽系誕生時に既に、アミノ酸だけでなく、より複雑なDNA因子まで太陽系周辺に存在していたことを示しています。すなわち私たちのDNAは、地球上に降り注いだ隕石中のDNA因子などが起源になっている可能性を示しています。その意味で生命の「宇宙飛来説」が勢いを増しそうです。
もし仮に太陽系やその周辺に生命体が存在すると仮定した場合、そのDNAは私たち地球上の生命体と同じまたは同様なDNAを持つ可能性が高まったことになります。
なおこのことは、独自に原始地球上において簡単な分子から少しずつ複雑な分子ができ、その流れの中で最終的にDNAを持つ生命体が誕生した可能性を否定するものではありません。


2.GADV仮説

生命の起源を説明する仮説はいくつかありますが、その中で現在最も有力な仮説として「RNAワールド仮説」が知られています。長くなるので説明は省略しますが、簡単な分子から次第に複雑な分子が生れ、RNA(リボザイム)が出来たことによって最初の生命が誕生したというものです。ただし欠点がいくつかあります。

これに対して日本の池原健二氏は 「GADV-タンパク質ワールド仮説」を提唱しています。ごく最近発表されたばかりのためご存じない方が多いと思いますが、今後脚光を浴びるものと思います。新設では「RNAワールド仮説」の重大な欠点がほとんど解決されているからです。


ただし、これまでご説明してきたいくつかの仮説は、物質としての生命体の始まりを説明できたとしても、非物質の「いのち」の始まりについては全く迫れていないのが現状です。
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by jiriki-tachikawa | 2015-04-09 00:00 | 不思議メールマガジン

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